蕗谷虹児ゆかた

地域の文化と温泉街を楽しむ

atari_160518_m201
摩周では、新発田市出身の挿絵画家・詩人の「蕗谷虹児」が描いた浴衣を作成し(オマージュ)、色浴衣として貸し出し、地元新発田市の文化を感じていただくと同時に、月岡温泉の街歩きを楽しんでいただくことで、温泉街に元気を取り戻す街おこしプロジェクトを行っています。


蕗谷虹児


新潟県新発田市生まれ。大正から昭和にかけて、少女雑誌の挿絵や表紙絵などで活躍、詩的且つモダンで洗練された美女を描き、当時の少女たちを魅了しました。1920年、21歳の時に、竹久夢二の紹介で『少女画報』にデビュー、瞬く間に人気を博し、出版美術界の花形となりました。1925年に本格的な画業修行のため渡仏、パリでは春秋サロンに連続入選したほかシャンゼリゼの画廊で個展を開催しました。帰国後再び雑誌などで活躍、その人気は絶頂期を迎えます。戦後、絵本の仕事を手掛けたほか、晩年は画集の出版や個展での作品発表など活動を広げ、その上品でモダンな作風は多くのファンを惹きつけました。
(郵政博物館開館記念特別展 ―少女たちの憧れ― 蕗谷虹児 展HPより)




プロジェクト発足の経緯


皆さんは「温泉街」と聞いてどんなイメージをお持ちでしょうか?

温泉宿や足湯などの温浴施設、お土産店に飲食店、遊戯場、そして日用品等も扱う商店などが立ち並ぶ町並みをイメージされる方も多いのではないでしょうか。温泉でさっぱりした後に、浴衣で下駄をカランコロンと鳴らしながら散策する。そんな思い出をお持ちの方もたくさんいらっしゃるかと思います。
しかし、今日本の多くの温泉街では、このような楽しみ方が出来なくなってしまっています。

温泉街では、1980年代バブル期にかけて、温泉宿泊施設の大型化に伴い、土産品や遊戯場など街が持っていた機能や役割を宿泊施設内に組み込む動きが各地で見られました。これはホテル旅館が利益とお客様の満足を追求する為に行ったことで、徐々にホテル旅館内で温泉街での歓楽を完結出来るようになって行きました。その動きは温泉街の各店舗に大きな打撃となり、多くのお店は縮小や廃業を余儀なくされ、温泉街は賑わいを失い疲弊してきました。

新発田市「月岡温泉」も例外ではありません。
現在、温泉街にはお饅頭屋さんや飲食店、そして酒屋さんに電気屋さんなどがあります。しかし、街を浴衣で歩いているお客様を見かける事はほとんどありません。そして毎年、旅館や店舗が減少しているのが現状です。


そして2014年、月岡温泉は開湯100年を迎えました。


この節目の年に今までの100年を振り返ると同時に、これからの100年、月岡温泉がどうゆう温泉街であるべきなのかを真剣に考え明るい未来を創造して行かなければならないと思います。

その為には、今までの旅館を頂点とするピラミッド型の街ではなく、ホテル旅館、土産物や飲食店、遊戯施設などがそれぞれ独立した役割をもち、共に協力し分かち合いながら共存共栄して行ける温泉街を目指して行くことが必要だと考えます。そして、真剣に現実と向き合い、明るい未来を願い取り組む大人達の背中を見て育つ子供達が、自信をもって誇れる故郷づくりにも繋げて行きたいと考え、このプロジェクトをスタートさせました。


「蕗谷虹児ゆかた」を利用すると・・・



1、「蕗谷虹児ゆかた」を、摩周で1着1,080円(税込)でレンタル。
2、温泉街の34店舗で使える500円分の金券をプレゼント。
3、浴衣を着て、温泉街の街歩きとお買物が楽しめる。
4、温泉街に浴衣を着た方が増え、商店街が賑わう!!

★お客様が蕗谷虹児が描いた美人画の主役になって、温泉情緒を楽しんでいただけます。
★金券を使って温泉街の店舗さんでお買い物ができます。(消費が生まれます。)



金券利用可能店舗様(順不同)


びいどろ・ 月岡屋・ 新喜久屋・ 結城堂・ 岩野商店・ 和光(1F)・ 和光(食堂)・ きぶん一・ 川柳・ 長岡屋・ だぼはぜ・ 笑家・ お福・ トラットリア・オラ・ハラクチェ(わくわくファーム内)・ ぶどう畑(わくわくファーム内)・ わくわく広場(わくわくファーム内)・ 月の丘(わくわくファーム内)・ 天手古舞(わくわくファーム内)・ 二葉寿し・ 寿し駒・ 一朗鮨・ premium SAKE 蔵・ 新潟地物premiumSELECTION旨umami・ スナックゆう・ スナック琴・ パブkeiko・ スナック円山・ スナックTAKI・ スナックすみれ・ ふくさ・ スナック知・ スナックぱんちゃん・ 東和自動車・ みち草



ホンモノの浴衣


使用生地・仕立


浴衣の作成には、新潟市内にある「趣味のきもの宇田」さんにご協力をいただきました。
浴衣で使用する生地の選定、仕立て方から洗濯方法まで、作成にあたり必要となる浴衣についての細かなご指導もいただきました。使用生地は「染(そめ)」との相性、耐久性などを考慮し、コーマ生地を使用します。作成される浴衣は「痛まな過ぎて商売にならない」と着物屋さんを嘆いてしまうくらいです。お母さんから娘さんへ。次の時代にも繋げて行ける浴衣に仕上げました。

そして利用された浴衣は、地元新発田市で創業50年の街の洗濯屋さん『三栄ドライ』さんにお願いします。これもまた地域内でモノとお金が循環する取り組みの一つです。

染め


「きものの宇田さん」から『蕗谷虹児が作品を描いた時代から使用されていた『注染(ちゅうせん)』と言う技法で染めてはどうか?』とご提案をいただきました。(現代はプリント技術が発達し、多くの浴衣が「印刷」で作成されています。)

注染は、明治20年代に始められた染料を注ぎ込む、手拭、浴衣の独特な染色法です。蕗谷虹児が活躍した明治~大正時代には注染で染められた浴衣が多く使用されていたそうです。ただ、注染には多色や複雑な柄には適さない(出来ない)というデメリットもあり、デザインの制約が出てしまいます。しかし、本プロジェクトでは蕗谷虹児の描いた当時の雰囲気を感じる事ができ、よりホンモノに近い物として浴衣を復刻させたく「染」は、注染で行わせていただきました。「染」は創業170年、当時からその技術を伝える「竺仙(ちくせん)」様にお願いしました。

摩周の想い


お客様からお預かりしたレンタル代は、金券とリネン代となります。
金券は、店舗さんへ手数料(リベート)無しで換金させていただく仕組みをとらさせていただいています。その為、摩周としてのこの事業での利益は1円もありません。しかし、温泉街が疲弊した一つの原因を作った者としての責任、そして地域の未来への投資として、このプロジェクトを行わせていただいています。プロジェクトの立ち上げには温泉街の店舗さんをはじめ、多くの皆さんのご協力をいただきました。資金面では、クラウドファンディングを通じて60万円以上のご支援を、プロジェクト遂行にあたっても、大変たくさんの皆さんからのご協力やアドバイスをいただきました。
この蕗谷虹児ゆかたは、取組みにご共感いただけた多くの皆さんの想いがこもった浴衣です。私達は、多くの皆さんの想いがこもったこのプロジェクトは、必ず地域振興の一助となり得ると信じております。浴衣をご利用いただくことで、皆さんにもプロジェクトにご参加していただければ幸いです。


蕗谷虹児ゆかたプロジェクトは、「毎日新聞」、「観光経済新聞」、和装専門誌「七緒」など、さまざまなメディアでも取り上げていただいています。





皆さんも是非「蕗谷虹児ゆかた」を着て、月岡温泉街をお楽しみください。